新発田市の俎倉山に登る

新潟県新発田市に福島県から避難してきたHK氏宅を、山岳会のOBの方と訪ねました。一緒に俎倉山(▲856.6m)に登り、緑の中に咲く清楚なヒメサユリにも出会えました。温泉や宴会もしっかり愉しみました。


■期日:2018年6月10日(日)■天気:9日降雨のため10日に登山実施 晴れ時々曇り

■山域:新潟県下越地方     ■形態:日帰りハイキング

■メンバー:L=HK TY HH KK NN(5人)

■日程概要:                                    6月9日(土)朝4人JR田端駅6:15集合→KK車で新潟県新発田市のHK宅まで移動→昼食後車で岩場やダム湖など近所偵察→月岡温泉・美人の泉→買い出し→HK宅で5人で親睦会

6月10日(日)HK宅から車で登山口→6:45鳥越林道登山口…7:05琴沢…七曲急登…8:30お京平・遭難碑…9:15俎倉山9:35…9:42天狗の庭9:45…9:52俎倉山10:00…往路を戻る…11:30登山口→HK宅に戻り昼食→三川温泉→HK宅で3人で親睦会

(三川温泉からHH、KK車で2人そのまま帰京)

6月11日(月)TYはHKの車で釣場へ移動、NN近所散策後、新発田駅近くまで送っていただき、あやめ祭りや市島酒造に立ち寄り、白新線で新潟駅に出て高速バスで帰京。

(TY氏12日帰京)


6月9日(土)

東北道と磐越道経由で新発田市に入り、無事HK氏の家に昼近くに到着。現地も雨模様なので、その日の登山はあきらめ、昼食後周囲を車で見物して回った。すぐそばの地元の方が練習する岩場は、屋根付きの小屋もあり、登ってみたくなった。次回は、クライミング道具も持参しようかな?

<岩場偵察の面々>
<川沿いの岩場>

その後一昨年入った、綺麗なエメラルドグリーン色の共同浴場・月岡温泉・美人の泉に向かう。温泉でほっこりしてから、スーパーで買い出しをして宴会準備をする。久しぶりの再会を祝して乾杯!刺身にサラダ、芋煮やモツ煮などがテーブルに並ぶ。今回来れなかったKY氏の差し入れの辛いチリビールも登場。懐かしい話に花が咲き、美味しいお酒の数々に酔い、宴は深夜まで続いた。ビール、ウイスキー、日本酒、ワインと美酒沢山…。kK氏はバランタイン17年物を持参しました。

HK氏宅は古い2階建てで9部屋あり、とても広いので、各自ゆったりと休める。2階の私が泊まった洋間からは、ヤマボウシの花が良く見えた。飼いネコのミーは、もう15年生きており、変わらず人見知りである。が、今回は猫のおやつを持参したので、触らせてくれました。=^_^=

<私がミーですが?>

宴会の最中に、記念写真を撮りました。(*^_^*)

6月10日(日)

納豆と芋煮で朝食を済ませてから、天気が回復したので、車2台で15分ほどの登山口へ向かう。登山ポストに登山届を入れてから出発。

<登山口>

沢沿いの登山道を進み、深緑に包まれ平坦地では、心が満たされつつ歩ける。森林浴とはこんな感じかな…。

<小川の脇の気分良い登山道>

琴沢を渡る。

<沢を渡る>

緑の森で一休み。

<緑の森で>

雪が残っていた!

<残雪>

お京平にある、2人の名が刻まれていた遭難碑。

<遭難碑>

ピンクの落花に顔を上げると、タニウツギが咲いていた。

<タニウツギ>

時にザレ場もあり、ロープや鎖もあり、階段状に人工で足場が設えていたところもあった。

<足場はよくない>

山頂への最後の急な登りで見つけた清楚なヒメサユリ、準絶滅危惧種だそうである。

<可憐なヒメサユリ>

登りついた山頂からは、雪渓をまとった飯豊連峰は雲の下で良く見えなかった。一昨年登った焼峰山を確認できた。三脚を付けて、山頂で5人で記念撮影。

<焼峰山と加治川ダム>

俎倉山は双耳峰であり、山頂から北峰の天狗の庭へ向かう。岩場と鎖場を越えた天狗の庭は展望は良いのだが、強風で立っていられないので、もとの標識のある山頂へ急いで戻る。

<双耳峰の天狗の庭へ向かう>
<天狗の庭からの俎倉山>

下りは往路を戻る。休憩のときにセミの抜け殻を見つけた。春蝉が鳴いていた・・・。

<セミの抜け殻>

無事、駐車場に降り着いた。穏やかな森もあれば、沢を渡ったり、鎖場やトラロープあり、岩場ありと、短い工程で様々な要素があり愉しめる山であった。すっぱりと切れ落ちているところでは、慎重を要した。

そのまま一旦HK氏宅に戻り、昼食を食べてから三川温泉へ向かう。ホテルみかわは、露天風呂もあり、広くて寛げた。ここで、HH氏とKK氏は帰途に就くため別れ、今宵は残り3人でしみじみと酒を味わった。TY氏土産の焼売などをつまみに…。

6月11日(月)

朝食後、HK氏とTY氏は釣りのため車で出かけたので、私は一人カメラ片手に散策開始。交差点にある龍泉寺の高台から周囲を眺めた後で、HK氏に教えられた小路を進んで山神社に向かう。

<寺からの街並>

山神社までの道中、咲いていた花々を撮影した。

<ギボウシと蜂>
<ノアザミと蜂>
<ヨメナの群生>
<山神社への道>

ヨメナの園芸種がミヤコワスレだとか。小路や山神社でもヨメナの群落が見事であった。

森の中に佇む山神社では、どんつき祭りという奇祭が700年も続いているそうだ。神社への道は沢を2回渡るが、夏には蛍が舞うとか…。小さな祠や石碑も多数あり、歴史を感じられる空間であった。

<山神社>

小さな祠や石碑が沢山あった。

<神社境内の祠>
<石碑とヨメナ>

私が散策から戻ってからしばらくして、TY氏を釣り場に落とし、買い物を済ませたHK氏も戻ってきた。二人でラーメンを作って昼食として、新発田駅発15:47白新線に間に合うよう車で送っていただいた。途中日本4大あやめ園である、五十公野(いじみの)公園あやめ園に立ち寄った。あやめは、まだ一分咲きではあったが、広大なあやめ園は歩き甲斐があった。

<升潟にはコウホネや水蓮が咲く>
<あやめはまだ一分咲き>

それから新発田駅そばの市島酒造で、HK氏とも別れの挨拶を交わした。3日間いろいろお世話になりました!感謝です。

創業は1790年代という老舗の市島酒造では、資料館など見学可能で、売店での試飲も無料である。しっかり5種類ほど試飲してから、土産のお酒を購入した。

<市島酒造で購入した酒>
<市島酒造建物>
<蔵の見学もできる>

市島酒造の対面の諏訪神社にお参りし、徒歩5分ほどの新発田駅まで歩いた。白新線で新潟駅に出て、予約した高速バスで帰京。深夜の帰宅となった。

<諏訪神社>
<新発田駅>

新潟駅は構内が工事中で、高速バスの乗車方面出口が分かり難いので、駅員さんに確認した。

<新潟駅>

バスは3列シートでゆったり座れて、新潟駅を後にした。

新発田市には、菊水酒造、金升酒造、ふじの井酒造、市島酒造があり、新潟の酒処でHK氏宅の水も美味しかった。翌日旦那と早速晩酌、新発田の山を思い出しつつ味わった。

HK氏はじめ先輩達と旧交も温められたし、また下越の山も登れてヒメサユリも出会えて幸い多き山旅でした。

<アイキャッチ画像:俎倉山のヒメサユリ>

ナルコユリ キバナスミレ イワカガミ ギンンリョウソウ ヤマツツジ等出会えました。

クリーンハイクで山梨県・扇山へ

東京都勤労者山岳連盟では、毎年6月の第一日曜日にクリーンハイクを実施してます。今年は、中央線沿線の山梨県の扇山で開催。各会に分かれて、それぞれ別のルートからゴミを拾いながら登り、山頂で集合します。集めたごみは各会で計量して、自宅に持ち帰り廃棄します。年に一度の山孝行です。

最近は登山者のマナーも良くなり、登山道ではあまりゴミは見かけません。が、生活道路との境目辺りでは、どう見ても登山者が出したゴミでないものが破棄されている現状があります。


■日時:6月3日(日)  ■天気:晴れ  ■中央線沿線の扇山・山梨県

■メンバー:L=CM SL=KO KY SO NN(5名参加)

■一般ハイキング装備+ゴミ袋+軍手など

■ルート&コースタイム                               中央線鳥沢駅8:07着集合…8:35甲州街道登山口方面へ分岐…8:55中野神社…9:10山ノ神社…大月エコの里…10:15トラバースして山谷コース登山道…10:38林道崩壊を見る…11:35月待石碑…12:10扇山(▲1137.8m)13:00…13:35水場…14:00頃梨の木平…15:35頃鳥沢駅15:54乗車      ※ゴミを拾いながらですので、大まかな時間と捉えてください。


絶好のハイキング日和に恵まれました。集合場所の鳥沢駅の傍には、私たちの署名運動が実った公衆トイレが新設され、早速利用しました。新しい駅舎になってからは、私は初めて降りたようです。

<新しい駅舎>
<昨秋に新設された綺麗なトイレ>

鳥沢宿の面影が残る甲州街道を、梁川方面へ歩きました。

<鳥沢宿>

扇山登山道方面分岐へ入ると、複数の石碑がありホタルブクロが揺れてました。

<石碑群>

中野神社を通り、山ノ神社に到着したので、代表でKY氏が登山の安全をお参りしました。

<山ノ神神社>

道中、桑の実を食べて指を紫に染めたり、貯水槽でオタマジャクシを観察しました。ここで、偶然MKさんとそのお姉さん夫妻に出会いました。クリーンハイクとは別に、やはり扇山を登りにきたそうです。

<モリアオガエル?>

道中こんなところもあり、富士山の写真も撮りました。

<残雪があった富士山>

大月エコの里の農場を右に見て進み、そのまま踏み跡に入り過ぎたので、山谷コースの登山道にトラバースして出ました。そこで、大田山の会のメンバー3人と出会ったので、挨拶を交わしました。登山道には、このような標識があります。

<標識>

また、無残な林道崩壊地もありました。

<林道崩壊!>

白いものがふわふわと、羽虫がどんどん切り株から飛び立ってます。少し不思議で無気味な光景です。

<羽虫の旅立ち>

山中には、このような月待石碑もありました。

<石碑>

深緑の中、ゴミを探し且つ拾いながら登るメンバーです。

<ゴミ袋片手に>

山頂で記念写真、私は多分4回目くらいの山頂です。富士山は霞んでいました。

<5人のメンバー>

山頂付近でヤマボウシが綺麗に咲いてました。この木陰で休憩、本当に緑陰でした。

<ヤマボウシ>

山頂でみなみ地区連盟の参加者が集合して、各会ごとに代表者が参加人数とひとこと挨拶をしました。その後私たちは、梨の木平へ下山を開始。途中で水場があり、一休みしました。

<水場のKY氏>

梨の木平登山口では、トイレ休憩後、種類別にゴミ袋などまとめました。ゴルフ場沿いの舗装路を下り、途中で麦畑もあり、きらきら輝いてました。長閑な風景の中、中央高速の下をくぐり街中で出ると、やがて鳥沢駅に降り立ちます。

<麦畑>

鳥沢駅に着いたら、他の会のメンバーも続々と到着してました。丁度直ぐの電車がありそうなので、あわてて近くの店でビールを購入して車内に…。暑い日であったので、とてもビールは美味しかったです。お疲れ様でした!

当会のメンバーの収集結果:ビン・缶1.2㎏  他0.6㎏ 

扇山山頂での東京都勤労者山岳連盟・みなみ地区連盟の参加者の集合写真です。

<アイキャッチ画像:食した甘い桑の実>

郷愁の瑞牆山登山

別のバリエーションの山を計画していたが、その地方の天候が芳しくないので、参加者の多数決で急遽瑞牆山に変更となった。カンマンボロン経由で登頂して不動滝ルートに下山という、クライマーには岩と愉しく触れあえるプチバリエーションハイキングルートである。

カンマンボロンは、私には20年近く前登山教室で通った瑞牆山のルートで、久しぶりに対面した岩場や岩小屋に懐かしさと当時の日々を思い出して一人感慨に浸っていた。当時登ったハイピークルートという大ヤスリ岩も、アブミで登っている2人パーティーがいて、何だかとても嬉しかった。


■日時:2018年5月26日(土)午後発5月27日(日)■天候:土曜日夜降雨あり、日は晴れ

■目的:カンマンボロン経由で岩場を見物しながら瑞牆山に登り、不動滝方面へ一般登山道を下る

■メンバー:L=SH SL=NN MK MW KH(以上姫5名)

KK ゲストHY(殿2名)計7名

■装備:テント泊+ハイキング+ストック

■ルート&コースタイム

みずがき自然公園→6:05カンマンボロン入口→7:02練習した岩場→7:30カンマンボロン→9:10大ヤスリ岩基部→10:00頃登山道合流→10:15山頂(▲2230m)11:00→不動沢コース下山→11:55不動滝→13:00頃みずがき自然公園                   ※時間は、途中岩場で遊んだり偵察したりとしていたので大まかなものです。


瑞牆山は、公共交通機関だと移動に時間がかかるので、車3台を利用した。JR田端駅で5人がKK車で藤野Pに移動、そこでKF車と合流して、2人乗り換えてみずがき自然公園へ向かう。ナビで無事到着して、芝生にテントを張る。途中のスーパーで買い出ししたつまみで盛大な前夜祭?。KK氏は今回も美味しいお酒『余市』を持参してきた。

仕事の都合で、今回ゲストのHY氏は、深夜の到着であった。HY氏とは、私が20代の頃に雪山に付き添っていただいた方で、以後15年程経ってから偶然にも再会して山をご一緒した。MKさんやSHさんなどもご存知の山屋さんである。

5月27日(日)ゲストがガイドとカメラマンンに変身

翌朝は、昨夜の雨で木々もツツジもシャクナゲも雫に覆われていた。広場にあるトイレの建物と十一面岩峰を仰ぎ見ることができる。公園は施設も以前と変わり整備され、管理棟内のトイレも暖房付きできれいであった。バーベキューのできる東屋や寛げるテーブルや椅子も設えてあった。

<朝の広場上のトイレ付近>
<案内図>

不必要なものは車にデポした。必要な装備のみ担いでHY氏の車で2回、カンマンボロンへの登り口まで運んでいただき、感謝である。軽く体操してから出発!

<カンマンボロンへの入口>

とりあえず私がトップで落葉松林の登山道を歩き始め、以前は右手の沢をすぐに渡ったが、今回はしっかりした尾根上の踏み跡をそのまま進んだ。ときに案内のプレートも付けられていて、道は鮮明である。やがて、見覚えのある下の写真の岩場に出たので、当時S氏がハンマーを落としたことなど思い出した。途中でテントを張っていたソロの方が、ここで練習をし始めていた。その人にカンマンボロンへの道を確認できた。

<アブミの練習をした岩場>

一度通過してしまったが、戻ってどうにかカンマンボロンに到着。上部岩場は洞の岩で、イワツバメが飛び交っていた。異様な空間ではあるが、上の方にシュリンゲがぶら下がっていたので、誰か登ったのだろう。カンマンボロンとは、大日如来を意味する梵字らしい、この岩だけにその不思議な文様が在る。

<カンマンボロン>

カンマンボロンから少し進んだ先に、岩小屋がある。焚火の跡があるので、今も誰かが利用しているのだろう。当時講習の折にこの岩小屋で何泊したか定かでないが、熊も出没するので注意が必要である。岩茸も採集して、てんぷらにして食した。

<この岩小屋で泊まった>

この頃になると、ゲストのHY氏がガイドと化して先頭を歩いて導いてくれる。以後最後までカメラマンも務めながら…。彼がつと足を止めて、このクラックを登ったので、クライマー魂を刺激されたメンバーも挑戦!岩と親しみつつの登路であった。

<ボルダリングで遊ぶ、右がゲスト氏>

季節がら石楠花は深緑の森の中で咲き誇り、イワカガミの可愛い花も愛でることができた。

<イワカガミ>

この岩の右手下部に、思い出のハイピークルート・大ヤスリ岩の1ピッチ目がある。また来てしまった!!(*^^)v ここまでロープやギア類を良く持ち上げたなあと…、当時の何ともいえない緊張感を思い出した。

<大ヤスリ岩取り付き辺りで>

私達は、アブミとフリーでこの1ピッチ目を登り、さらにその奥に入り、チムニー状の壁を登りきると平らな台座に着く。そこからハイピークルートの醍醐味であるアブミ掛けかえの連続が始まり、やがて大ヤスリ岩の頂点にたどり着くのだ。むろん、フォローであった。

メンバーも各自岩に触れていたが、私も懐かしくここだったかな?とホールドやスタンスに触ってみた。

<1ピッチ目を探るメンバー>

岩場の基部を回り込み、一般登山道と合流するとこれまでと違ってどっと人出が多くなる。大ヤスリ岩取り付きにザックやアプローチシューズが残置されていたが、登っているこの二人のものであろう。フリー化が進んでいる今、あえてアブミで登る人がいるのが、なんだか嬉しかった。確保者がいるところが、台座である。当時、皆であそこで展望を楽しみながら昼食を摂った事なども懐かしい。

<大ヤスリ岩をアブミで登る>

展望が開けた所で、記念写真。

<集合写真>

一般道に出てからも、岩場や鎖場も出てくる。不動滝ルートの分岐を左に分けて、ひと登りで瑞牆山山頂である。さすがに百名山、天気も良かったので多くの登山者で賑わっていた。山頂から眺めていると、大ヤスリ岩をリードしていた彼が登りついたので、拍手や手を振ったら、彼も応えてくれた。岩が大きいので、人間はちっぽけな蟻か尺取虫のようだ。やはり前に登った瑞牆山南壁のルートも山頂部から眺めてみたが、明確には分からなかった。

<二人目が登り始めた>

山頂直下で咲いていた石楠花に蜜蜂が訪問。蕾は赤く、咲くとピンクに変身。

<石楠花と蜜蜂>

山頂から八ヶ岳方面や金峰山の五丈岩も見える。周囲の景色を愉しみつつ、しばし休憩してから下山開始。

<八ツ岳方面>

不動滝方面に分岐を進む。不動滝遊歩道と呼ばれる登山道は荒れているとのことであるが、名前付きの岩が道中幾つかあったので面白かった。この登山道は始めて歩くので新鮮で、暑い日であった樹林の中で助かった。

<ストックが邪魔な所も>

この岩は名無しであったので、勝手に『バッテン岩』と呼んだ。

<バッテン岩>

不動滝にでたので、その不思議な形状に見とれた。向かって左の水流の下は釜になっており、涼しげである。ベンチもあったので、のんびりと休憩する。

<不動滝>

登山道沿いの岩場にも、結構ピン(支点、ボルトなど)が打ってあった。この岩場も結構上部まで登ると、2~3ピッチかかりそうだ。この先の岩場でクライミングをしていた方々にルートを聞くと、11Cとか…、凄ーい。(@_@;)

<不動沢の岩場>

車が通れる林道に出ると、すぐに駐車場に戻ることができた。管理棟が開いていたので、テント代を支払った。そこで、タラの芽が売っていたので土産に一袋購入(250円)。帰宅後、胡麻和えとてんぷらにした。美味であった!

増富の湯に立ち寄り汗を流してから、早めの夕食を途中で済ませた。和気あいあいあと山の話で盛り上がった。降車場所の利便性を考慮して3台に分乗し、またの山行を約束して解散した。中央高速は案の定渋滞したので、運転のメンバーは本当にお疲れ様でした。<m(__)m>

私には、過去の岩場巡りの郷愁の山旅となったが、あの頃の情熱を思い起こすことができただけでも印象深い山行になった。数年ぶりで同じ年のHY氏ともご一緒できて、幸いであった。

<アイキャッチ画像:不動滝に咲いていたキバナスミレ>

GWに日光の温泉ヶ岳(▲2333m)に登る

GW後半は私用が入っていたので、前半で1泊2日の温泉ケ岳南東尾根に参加することにした。2010年同時期に、コースは異なるがY氏と故・O氏と登った、私には思い出深い懐かしい山であった。


■日時:2018年4月28日(土)~29日(日) ■2万5千図:男体山  ■山域:日光

■天候:両日とも晴れ      ■目的:残雪期の温泉ヶ岳東南尾根を読図で登る

■メンバー:L=NN SL=KH MK MW

■残雪期装備:ピッケル+アイゼン+ストック+テント泊一式

■ルートとコースタイム

4/28東所沢駅7:40集合→kH車で日光湯元温泉へ移動12:10…12:30身支度後出発…12:50温泉寺…13:30刈込湖切込湖登山口…13:50踏み跡…16:20テント場・標高2000mテント泊

4/29テント場6:10…金精峠からの登山道と合流…8:00温泉ヶ岳8:50…11:15テント場11:55…13:20湯元温泉駐車場→立ち寄り温泉→東所沢駅→反省会→帰京


私が以前温泉ヶ岳に登った経験があるというだけでリーダーになったが、天候とメンバーに恵まれ充実した二日間となった。

4月28日

湯元の無料駐車場に車を置き、登山計画書を湯元温泉駐在所へ持参して奥様に手渡した。身支度後、温泉寺から木道を右に進んで源泉脇の刈込湖・切込湖の遊歩道の石段を登りきると、金精道路に出る。横断して、刈込湖・切込湖方面の登山口と反対側にある尾根の踏み跡に入るが、いきなりの笹薮の急登で汗びっしょりになる。

<石灯篭が並ぶ温泉寺>
<源泉>
<金精道路を渡る>

1700m付近のテント敵地は草地で雪がなにもないので、さらに登り続ける。一応水は各自持参して背負ってはいた。

コンパスで方向を確認し、迷いそうな数か所に赤布を付けた。1800m付近からは、ちらほらと残雪が現れ、2000m付近は流石に雪も十分であったので、テントを設営した。KFさんが肩が痛いのにスコップで整地してくれ、快適な一夜を過ごせた。食当はMKさんで、すき焼きを食べて4人だけの静かな夜を味わった。

4月29日

うどんを食べてから、テントを潰して空身で温泉ヶ岳を目指す。ピッケルとアイゼンを持ったが、ストックや軽アイゼンでも間に合うほど積雪が少なかった。途中で金精峠からのトレースを見つけて、少し安心する。8年前は、トレースは皆無でルーと探しに苦労したので。

<静かなテント場>
<男体山と湯ノ湖が眼下に見えた>
<日光白根山方面>
<地図を確認して進む方向を決める>

最後の急な藪の斜面を登りきると、温泉ヶ岳山頂に着いた。山頂標識や夏道の土まで見えていて、以前との積雪の違いを感じた。木の高い所に巻いてあるテープに記憶があるので、当時は今より1.5mは雪があったのだろう。雪の無い男体山などの日光連山、白根山、さすがに会津駒ケ岳方面は白く輝き、尾瀬の燧ケ岳も見えた。目視で念仏平避難小屋も確認できた。

<温泉ヶ岳山頂は夏道の土が見えていた>
<会津駒ケ岳方面の山波と手前は念仏平>

のんびりと休憩後、下りでは急斜面や凍った所もあったので、アイゼンを漬けた。登ってきたルートをピストンで引き返して、テントを撤収し一路湯元へ向かう。下りの笹薮でトップの私が西に寄り過ぎたので、けもの道をトラバースしたら、登りで付けた赤布に出合ったので安堵した。今回は赤布も全部回収できた。

金精道路も眼下に見え1700mの草地に出たので、そこからの別の降りるルートを探したが、踏み跡が不明であったので、安全策で登ってきた踏み跡を降りて、登り口に着いた。山頂からの下りの途中で見つけた、熊の爪痕と不思議な木の造形を撮影できた。

<熊の爪痕!?>
<森に龍が…>

車に戻り、そばの温泉に立ち寄って汗を流した。が、カランも硫黄で覆われていて驚いた。一休みしてから東所沢駅まで戻り、そばの居酒屋で2日間のお疲れ様会をして解散した。

2010年5月は、金精峠から温泉ケ岳~根名草山~日光沢温泉へ歩いた。今回は雪が少なくて、下部は笹藪がうるさく本当に暑かった。次回は前のリベンジもあり、念仏平避難小屋を利用して尾瀬まで繋げてみたい。

装備:一泊テント アイゼン(軽アイゼン可) ピッケルかストック

<参考>下の男体山写真、上は2010年5月1日に撮影したもので、下は今回撮影のもの。温暖化の影響であろうか、男体山山頂や沢筋の積雪の差が顕著である。今回は一部トレースもあり、金精峠からだと斜度もあるので、やはり歩きやすかった気がする。テント山行縦走と空身のピストンの差もあるだろう。

<アイキャッチ画像:山頂標識と熊さんと燧ケ岳>